「ガンの真実」シリーズ1<化学療法と製薬独占の本当の歴史>パート(7)

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日記・一般

シリーズ1、パートГ瞭睛討任后

 

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パメラさんは語り続けます・・・

まず身体検査を受けましたが、全てに関してとても不安な気持ちがありました。でもクリニックに通っていた重い疾患を抱える40人ぐらいの患者さんの幾人かと会話をした後、治療に対して希望が湧いてきました。

薬剤、強壮剤、サプリメントなどを家に持ち帰り、食事規制も行い、とても熱心にそして信心深く医師から伝えられた全ての事に忠実に従いました。1年以内に・・いえ、3ヶ月後ぐらいから痛みが徐々に緩和し始めました。

頻度にあった偏頭痛も少なくなり、痛みの強さも弱くなっていきました。そして徐々に偏頭痛もなくなり、また少しづつ腹痛もなくなったのです。食事をし、消化もできるようになりました。そして1年ほどで膵臓ガンを完治できたのです。

膵臓ガンは生存率が大変低いと言われている事もあり、本当に信じられませんでした。私のように膵臓ガンで生き延びている人に私は今まで会った事がありません。

しかし2011年にも新たな問題が起きました。その時期ストレスを抱え、困難な状況であったため、念のため病院を訪れ、ストレス対応が出来ているか確認したかったのです。

まず、St. John’s 病院に行きCTを撮った結果、肝臓に疾患を検出したのです。底エコーの肝腫瘍があり、組織の密度の高さからガン可能性を否定できないとの事でした。

その後すぐクリニックに行きCATスキャンを撮りガンがある事を確認しました。肝臓に22箇所の局所性病変が見られ治療を行いました。ガンを完治してからしばらく経っていた為、この突然宣告に大変ショックを受けました。膵臓ガンの時は強い痛みを伴っていたのですが、今回は痛みをそれほど感じなかった事で、以前のような危機感を感じなかった理由なのかもしれません。

3ヶ月後に再来するように伝えられましたが、いても経ってもいられず、2ヶ月半で再診を受けガンを完治した事を確認しました。

やはり信じられない気持ちでいっぱいでした。治療前は50%の肝臓はガンの影響を受けていると宣告されましたが、治療後ガンは見当たりませんでした。

私が知っている限り、膵臓ガン患者として私は一番長生きしていると思います。40年後もこうして生きているのですから。医師達もその後ガンは私の身体に全く見当たらないと診断しています。もしも通常のガン治療を病院で行っていたら、私は今ここにこうして生きてはいないでしょう。この治療方法に出会い選択した事に感謝し、とても幸せに思っています。

次回につづく・・・

健康とカラダ改善 | 06:34 | comments(0) | trackbacks(0)

「ガンの真実」シリーズ1<化学療法と製薬独占の本当の歴史>パート(6)

 

 

 

 

 

 

 

 

シリーズ1、パートΔ瞭睛討任后

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癌患者だったカサンドラさんは子供の頃を思い出して語ります。

医療機関は親が無駄な行為を主張しているとして、子供と家族のための行政機関(DCF)を呼びました。私はハートフォードにて行われた生検より、一週間後には化学療法を受けるべきだと医者に言われ、強制的に連れて行かれたのです。

連れて行かれた・・とはどういう事ですか?

「彼ら」はハロウィンの時期である10月に家に訪れ、一緒についてこいと命令したのです。

「彼ら」とは誰の事ですか?

DCFのスタッフです。

なるほど。彼らは実際にあなたの家に来たのですね?

はい、約12台の警察の車で家とその周りを囲み、家に入り込むと「行くぞ!」と命令したのです。その時母は家にいませんでした。私は何が起こっているのかわからず、2階の押入れに隠れていたのです。

その時一人で家にいたのですか?

はい、私は泣きながら母に電話しました。母はすぐに家に戻って来てくれました。病院に行ってから2週間、裁判所や裁判官を通し、DCFは化学療法を実行するよう強制したのです。

この時点で私は病院にいたのですが、部屋から出る事は出来ませんでした。出口にはガードが座っており、電話の使用も出来なかった為、母と連絡する事も不可能でした。簡単に言うと、私はある日突然病院に連れていかれ、化学療法を実行する為に病院ベッドに縛り付けられたのです。

信じられません、ホントなんですね?

はい、私には化学療法の際出来た皮下埋込型ポートの傷跡があります。

ポートは希望していなかったのですか?

化学療法治療も受けたくありませんでしたし、身体の中に物質を入れる事にひどく抵抗も感じていました。病院側が点滴を打とうとした時「いやだ」と抵抗した為、スタッフやガードたちは部屋に入り、私の手首や足首をベッドに縛り付けたのです。最終的には女性看護師が私の首に注射を打ち、気絶させたのです。気が付いた時には回復室でした。

別の癌患者パメラさんによると・・・

私の名前はパメラ・ケルシーです。1975年に脾臓癌と診断されました。余命は長くて1年半と宣告されました。もしも従来の治療を選択した場合は、化学療法、放射能治療法となります。メキシコにあるクリニックを知った後はこれらの治療の選択はせず、彼らの養生方法を選択したのです。

もう人生は終わりだと思ったですが、終わるには早いとも思ったのです。まだ34歳でしたし、夫とともに新しいビジネス「世界の主要な不動産」をスタートしたばかりで、世界中を飛び回っていたのです。世界各国で最も美しい不動産を見、私たちはこの仕事をとても楽しんでいました。雑誌のライターとデザインを担当していました。夫婦間の関係もとてもよかった為、解決法が欲しかったのです。私はいつも問題があると解決策をまず試みる事に積極的でした。

私はこの恐ろしい痛みを、ひどい痛みを抱えていました。ベッドの中にいても一年間ぐらいは低血糖、腹痛を感じ、痛みはひどくなる一方でした。挙げ句の果てには胸にナイフをさされ、背中まで深くさされたような痛みを感じていました。

「完治した友人を知っているわ。彼女は手術不可能な結腸癌と診断されていましたが、メキシコのクリニックで癌を完治してからもう5年になるわ。」と友人の一人から聞いたのです。主人と私は即行動し、メキシコに出かけました。

次回につづく・・・

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健康とカラダ改善 | 05:41 | comments(0) | trackbacks(0)

「ガンの真実」シリーズ1<化学療法と製薬独占の本当の歴史>パート(5)

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シリーズ1、パートイ瞭睛討任后

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TaraさんにはGersonセラピーに関しても話していただきましたが、ここでは患者達の意向に反して傲慢な治療法を推進する医師達の発言についてお話していきましょう。

Cornu-Labat医師によると「これがあなたに必要な治療です、この治療方法以外にはありません。」というような言い方で患者に圧力をかける医師達の対応は伝統医学界では珍しいことではありません。「この治療があなたには必要です。もしもこの治療を拒否するのであれば、私でなくても、私以外の誰かが強要する事になります。」このように医療機関が患者に対し圧力をかける事はよくある事なのです。もしも親達が病気になった子供達に対して伝統的治療法を選択しなかった場合、変更するよう医療機関は強制する事はよく知られています。

John Rappaportさんが語った「科学的な全体主義」という表現は一番適した表現でしょう。「ファシスト医療」などとも言われていますね。米国医師会規定にではこれらの行為は全て違反行為です。規定によると患者には治療方法の選択件が与えられると記載されています。医師達は患者に告知するべきであり、治療方法についても患者側の同意が必要な事はアメリカ医療、世界医療界にて道徳上の基本です。子供の親達には医師達より「貴方がたが好む好まざるにかかわらず、子供達に対しこの治療方法介入をしなくてはなりません。」と伝えられます。これらの強引な行為は人間の正当な権利や尊厳、そして親の権利などあらゆるレベルに侵害します。

Warkさんは語ります。「もしも子供がガンと診断され、化学療法にて治療を親がさせたくない場合は、逃走を覚悟をすべきでしょう。さもないと政府は子供達を強制的に取り上げます。」Wark氏は大げさに言っているのでしょうか?本当に政府機関は親元から子供達を取り上げるのでしょうか?

Matthewsさんは20年間の経験を持つ薬剤師さんです。3年前に彼の娘さんがガンと診断された時、治療方法がとても攻撃的であり、選択枠も限られていると知りました。娘の予後は20%以下であり、切断はほぼ確実でした。患部腫れが始まった時に緊急病棟に連れて行った事自体が、そもそも最初の間違いでした。彼らの治療方法で疾患が改善されず、症状に変化がなければ、それ以上の行為はするべきではないと私は考えていましたが、その時の担当医はとても頑固で、何でも知っているという態度でした。彼は私達のアプローチ方法について全く理解しようとせず、一時は病室内にいた娘のセレナは警備員によりガードされていたほどです。私が娘を早く別の施設に連れていきたい事を彼らは知っていました。娘が普通の生活を送れるような施設に連れて行きたかったのです。

担当者は弁護士と共に来院し、「承諾書に署名しない場合は子供の親権を取り上げます。」と話し、最終的に裁判官は私は専門家でなく、ガン専門医が専門家である事を強調しました。従って、親権は州に与えられたのです。結局娘のセレネさんの親権は奪われ、彼らは強引に過激な化学療法をスタートしました。これらの事実は記録として残しています。

彼らは化学療法を継続しました。娘の腕が悪化し、傷口は大きくなるばかりでした。医師に懇願しても、州が親権を持つ限りセカンドオピニオンも得る事が出来ません。医師にこの療法は間違っており、見直した方がよいと言う事もできませんでした。彼らは親権がない私たちにはアプローチもしてきません。私たちは法的に親権がないからです。実の子供なのに、親権がない状態だったのです。親権はイリノイ州にありました。

医師に対して娘の腕の傷口が悪化する状態を毎回訴えても無駄でした。傷口はとても大きくなりMRSA感染症を感染したのです。腕は人間の腕とは思えないほど状態になっていました。娘にとっては勿論、私たちにとってもトラウマになっています。

最終的には切断が必要となったのです。その時も親権は戻らず、結局切断後6ヶ月親権は戻りませんでした。現在は親権があります。私たちは最高の保険に入っていました。最高の保険に入っているという意味は、使用される、また使用された全ての薬に保険がかけられているという事です。保険対象外になっており、対象内であれば使われた薬、例えばAvastinは40万ドルという価格です。娘の治療で使われた全ての薬の料金は220万ドル、この金額が保険会社から病院に支払われました。 

 次回につづく......

健康とカラダ改善 | 23:58 | comments(0) | trackbacks(0)

「ガンの真実」シリーズ1<化学療法と製薬独占の本当の歴史>パート(4)

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 前回からの続き・・・

 

 『ガンの真実』シリーズ1は近代医学とガン治療の真の歴史についてまとめています。The Truth About Cancer “Global Quest” episode 1:  “The true history of chemotherapy & the pharmaceutical monopoly” 英語のみでは理解が難しいという方の為に内容を1シリーズ、幾つかパートに分け素人不完全翻訳(笑)にて記載していきますので参考にしてください。

 

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 シリーズ1、パートい瞭睛討任后

 

強い化学療法を使っても助からないと17人の医師達から死の宣告を受けた後、David氏はHoxsey式治療を行い8年間癌と無縁の生活を送っています。

 

ここではっきりしておきたい事は、私達は癌治療の現場で働く、医療業界、癌業界、製薬会社が全て悪いと言っている訳では全くありません。

 

医療業界、癌業界、そしてFDAなどのアメリカ合衆国連邦政府の中にも多くの善良な方達がいます。私たちはこういった場所で働く全ての人達を批判している訳ではありません。

 

このドキュメンタリーで言いたいのは、全ての医療システムはハイジャックされてしまったという、真実を伝えたいのです。

 

飛行機がハイジャックされたらそれはパイロットの責任ではありません。同じように医療業界がハイジャックされたのは貴方の医師達の過失ではないのです。

 

製薬会社の主な目的は利益です。その行為は製薬会社で働く人達の過失ではありません。これらの企業で働く営業部員や他の従業員の過失ではありません。この事ははっきりお伝えしておきたいです。

 

問題はシステム自体が壊れてしまっているのです。お金が企業幹部の決断を左右しており、彼らの商品を使用する人々の健康の為ではないのです。大手の製薬会社の一番の目的は株主の利益です。彼らは上場企業であり、損益は彼らの損益なのです。

 

この旅行で幸運にも数名の元製薬会社員に会う事ができました。彼らは製薬会社の決定権の一番の理由が利益であり、人々を健康に導く為ではない事を理解し、彼らの信用を守る為に退社したそうです。

 

会議や集会では、株主を喜ばせる為の全てを耳にしました。「分りますか?私は株主達を喜ばせる気はありません。私達がしている事はそれが目的ではありません。株主達のポケットにいくらの利益をもたらすかよりも、もっと大きな問題を解決したいのです。」と元製薬会社に勤めた医師は語ります。

 

セールスレップを務めていたTaraさんは「幸運にも2011年に”Dying to Have Known"というドキュメンタリーに出会いました。それはゲルソン療法に関する内容でした。まるで劇をみているような印象があった事を覚えています。」と話します。

 

最初は、「この人達いったい何を言っているのかしら?」

彼らは重症な癌患者について語っており、その患者達にも治療場所があり、生き残っている人達がいるという話。

 

そして「今まで聞いた事ないわ?」

製薬会社レップという立場で見続けました。医師達は私達をよく教育しており、エビデンスに基づく医療を重視し行います。

 

それから「言っている事は素晴らしいけれど、どんなエビデンスがあるのかしら?」

中国でゲルソン療法を推進するある医師の画面になった時、多数ファイルが詰まっている大きな棚の前にその医師は座っていました。そしてインタビュアーが彼に「ファイルを..」言うと彼は次々にファイルの詰まった引き出しを開けました、全てエビデンスです、全てです!

 

次に「すごいわ!全てがエビデンスなんて!」

ドキュメンタリーはマックス・ゲルソン氏や治療家達が抑制された事について語ります。自分も寝そべっていた体を起こし、まるでバンドエイドを傷口から無理やり剥がされたような信じがたい衝撃を感じました。私の母は看護師ですし、私立病院の医者達のオフィスで幼児期を過ごしました。私自身、薬剤師でもあるので、私自身も病院、研究所で働きました。私の人生そのものが医学世界であった事もあり、その時のショックで得た影響力はは大きく、私の人生も大きく変化しました。この件について研究してみたかったのですが、会社からは却下される事だろうと思っていました

 

「素晴らしい事だけど、信じがたいわ。」

この件について調べ始めた時は、とても心地悪く、毎日働きに行っても孤独感を感じました。そしてよく「彼らはこの真実を知っているのかしら?私がこの事実を知っている事に気付いているのかしら?」と。

 

Taraさんは製薬会社から高額のお給料を取得していましが、会社が患者の疾患を治す為でなく、危害を与えてしまっている事に気付いた時は退社していました。その後、彼女と夫のSteveさんは”Cancer Crackdown”という非営利団体を立ち上げました。これから私たちも援助をしていきたい団体の一つです。

 

 次回につづく......

健康いろいろ | 18:10 | comments(2) | trackbacks(0)

「ガンの真実」シリーズ1<化学療法と製薬独占の本当の歴史>パート(3)

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 前回からの続き・・・

 『ガンの真実』シリーズ1は近代医学とガン治療の真の歴史についてまとめています。The Truth About Cancer “Global Quest” episode 1:  “The true history of chemotherapy & the pharmaceutical monopoly” 英語のみでは理解が難しいという方の為に内容を1シリーズ、幾つかパートに分け素人不完全翻訳(笑)にて記載していきますので参考にしてください。

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シリーズ1、パートの内容です。

1987年はWilk氏を代表にした4人のカイロプラクター達は「AMA(全米医師会)がカイロプラクティック業に対しインチキ療法であると宣伝し、カイロ業界をおとしめる為に特別委員会を設けた。」と告訴した事実があります。驚くことに当時の裁判官は、AMAに対して「AMAは陰謀を企んだという事実がある」と有罪判決を下しています。

従来の治療から離れた自然癌治療を研究した医師や個人はAMAやFDAからの妨害を受けています。Royal Raymond Rife医師、Harry Hoxsey氏、Jason Vail氏はその代表と言えるそうです。

Royal Raymond Rife医師は光学顕微鏡(ユニバーサルマイクロスコープ)を発明し、特定の周波数の電磁波によりウイルスを破壊する実験に成功したと言われています。癌患者治療にも高い率で成功したとされ、AMAは利権を侵されると恐れ独占権を得ようと試みましたが、Rife医師に断られ、その後Rife医師の研究はAMAとFDAからの圧力により、研究所は焼かれ、記録は盗まれ、Rife医師は社会的に抹殺され、最終的に医師は薬物の過剰摂取で亡くなったそうです。

Harry Hoxsey氏もやはり同じように自然癌治療を追求した結果、権力をかけられ、重い迫害を受けた人物です。

この映画の作成者でもあるタイ氏は1996年にお父様が胃癌と診断され、メキシコのティファナに今でも存在するHoxsey氏のクリニック(現在はBiomedical Center)に治療のため入院する予定だったそうですが、残念ながらその前にお亡くなりになったそうです。このドキュメンタリーを機会にHoxsey氏の治療につて深く知る為、タイ氏を含めたチームはティファナに取材に行っています。ここでは実際にHoxsey氏の主任看護婦であったMildredさんの妹さんから直接話を伺っています。

Mildredさんのお母様が卵巣癌と子宮癌に侵された際、病院にて放射線治療を行いましたが、結果は思わしくなく死亡宣告をされ自宅に帰されたそうです。お父様はこの診断に納得できず、当時ダラスにいたHoxsey氏の元に治療に行くことを決意します。家族の中で一人看護師という医療の現場で働いていており、長女でもあったMildredさんは父親より呼ばれ、ダラスに同行する事になったそうです。Mildredさんが看護の仕事をしている事を知ったHoxsey氏は看護師の仕事を彼女に依頼したそうです。いんちき療法に違いないと思っている彼女にHoxsey氏は全記録の閲覧を許可しましたが、全く信じていない彼女は、それならいんちき療法だという事を証明して母を助けようとHoxsey氏の元で働き始めました。彼女のお母様は99歳まで長寿したそうです。

その当時のAMAの代表者はRife医師が撲滅された時と同じFishbein氏でした。この治療法Hoxsey Formulaを売却しようとしたAMAでしたが、実際に治療現場にて癌患者の為には使用されない可能性がある事を知り、売る事を断念したそうです。AMAはこの処方情報を入手後、この世から療法を葬る事が目的だった様子です。

その後Hoxsey氏は何度も色々な容疑をかけられ逮捕されています。その為Hoxsey氏はいつも現金を持参し、保釈金を実費支払ったり、そのまま刑務所に滞在したりしたそうです。こんな時は患者達が食べ物などを持って刑務所を囲む事などがあり、患者達を追い払う為に釈放されたりする事もあったそうです。とても忠実な患者さん達だったんですね。

メキシコにクリニックが移転した際、Hoxseyの名前を使用せず、Biomedical Center と命名したのもこういった経過があってからだからですが、全国各地から集まる癌患者さんにはやはりHoxsey Clinicとして知られているそうです。

AMA、FDA、医師達、自然治療家達は本来協力し合う間柄であるべきなのに大変残念な事です。

現在 Biomedical Center にて働く Dr. Elias Gutierrez 医師は「 Hoxsey処方は数種類のハーブとミネラルを組合せた液体であり、この特殊な組合せは悪性細胞にのみ働きかけます。勿論、この処方のみでなく、数種のビタミン、特別食、西洋と中国はハーブも使用します。」と話していらっしゃいます。また、この処方は80-100年前にHoxsey氏が処方した物の全く同じ物だそうです。

このクリニックに外来患者として訪ねた場合、通常1日で全ての行程を終わらせるそうです。登録、身体検査、レントゲン、カウンセリングなどを終了し、結果が出た時点でトリートメント方法の説明を受け、処方されたサプリメントを受取り、帰宅します。勿論入院の必要はなく自宅でできる内容ですので、3-12ヶ月毎にクリニックに再外来し再検査を受けます。最終的には2-3年に一度の訪問となるそうです。治療費もとても良心的な値段であり、ティファナでも一番安いと言われるクリニックだそうです。

David Olson氏も実際にHosey処方を利用した患者の1人です。David氏は2006年非ホジキンリンパ腫と診断されました。この時癌は既に食道、肝臓、腎臓、腋下と鼠蹊部のリンパ管に転移しており、胃にはバレーボールの大きさの腫瘍があり、骨腫はステージ4の診断だったそうです。医師からの余命宣言は3日〜3ヶ月という非常に悪い状況でした。

David氏は当時17人の医師達から死の宣告伝えられたそうすが、18人目に出会ったのがこのクリニックのGutierrez 医師でした。クリニックにて一番強い処方薬を処方されたのにもかかわらず、David氏は仕事を休む事なく、日常生活に支障を感じる事も全くなかったそうです。変わった事といえば、人生に対する考え!日々人生の素晴らしさを感じ、現在はお孫さんとの時間をとても大事にしているそうです。

次回パートい紡海...

健康いろいろ | 07:32 | comments(0) | trackbacks(0)

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